楽しかっただけでは、やはり、3月の東北の旅は済まされない気がします。
移動の最中で、話の中で、否応なく、目にし、耳にする「震災」のこと。
本当は、このことから書くべきなのかも知れなかったのですが、
書いてしまうと旅の思い出を綴れない気がして、最後になってしまいました。
一番、辛い思いに包まれたのは石巻の町でした。
鉄骨だけ残る。多分、門脇地区にあった書店の跡です。
石巻市立病院。数年後、別の土地での開業が決まったようです。
遠目だと破壊を免れたように見えますが、津波で1階は壊滅、医療器具も壊滅。
取り残された患者・病院スタッフは3階・4階で救助を待っていました。
ようやく、14日にドクターヘリ5機のピストン輸送によって救出された数150人。
救出までに亡くなった方が数名いらっしゃったそうです。
震災直後とは比べられないほど、瓦礫はなくなっていると思います。
(瓦礫と呼ぶのも申し訳ない気がします)
それでも、まだ、生活を感じさせる品々が、あちらこちらに散乱しています。
この辺りは、港から600~700mの位置でしょうか。
信号機だけが新しい。
左手奥にあるのが、門脇小学校。ここを目当てに避難した人も多かったそうですが、
ここにも津波は容赦なく押し寄せ、その後、流れ着いた車両などの引火により火災。
数日間燃えたそうです。
座礁したままの船。
偶然に、1年ほど前に同じ船を撮った写真をネットで見つけました。
その写真と違っているのは、川沿いに簡易の低い堤防が作られていることだけ。
網地島ラインの船の上から撮った瓦礫の集積場。
いくつもパイプが立っています。
メタンガスが発生するので、火災が起きないようにガス抜きをしています。
匂いや埃・・・、この付近で暮らす人は大変でしょう。
こんな瓦礫の集積場が何か所もあります。手前は沈下した堤防です。
石巻の町の中を車で通り、時に歩いて目にした光景。
震災から1年経っていたから、心を痛めながらも直視できたのかも知れません。
更地になった場所も多く、感じる空虚感。
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